良質の病院を安く
~コストパフォーマンスの実現に向けて~
持続可能な健康まちづくりに不可欠なのが病院を中心とする施設整備だ。医療を取り巻く環境が大きく変化する中、限られた予算内でどのように良質な施設づくりに取組めばよいのか。本コラムでは、長年にわたり医療・福祉施設の整備に携わる岩堀幸司氏にシリーズで寄稿いただく。
無駄のない、病院設計の手法を求めて
病院建築設計との出会いは、大学で病院建築計画を学んだことがきっかけです。設計事務所に就職してしてからは病院だけでは片手落ちになるので、集合住宅や美術館、市民会館、オフィスビル等を手掛け、本格的に得意分野に取組み始めたのは30代半ばの頃です。数多くの病院を手がけ、責任のあるポジションに就いて意識したのが「効率」でした。設計業務の中で病院は特に手間がかかります。医師をはじめとする多くの有資格者との調整が不可欠で、医療ガスや医療器械といった多様な機器類との取り合い、高度な技術職との調整をマネジメントしなければならないためです。図面も複雑で、基準階を積み重ねてゆく高層オフィスビルなどに比べると採算性が悪い。結果、原価率が高くなってしまうため、質を担保しながらの赤字体質改善が課題でした。
そうした折、病院を得意とする税理士からアドバイスをいただきました。「基本設計、実施設計、施工のそれぞれの段階で何度も同じことを繰り返しており効率が悪い。基本設計終了時点で施工者に渡した方が、手間が省けるのではないか」と言うのです。そこで広島や山口を中心に5~6件の病院で実行してみることにしました。結果は良好でした。作業のダブリや手戻りを減らし、施工者と作業をシェアすることで、原価率を大幅に改善することができたのです。発注者にとっても負担が大幅に軽減できたことは言うまでもありません。
それからというもの、行程上の無駄を省くとともに、病院建築の計画・施工を含む技術的な無駄を省ける余地が多くあるのではないかと強く思うようになりました。同じ時期に私と同じ志をもつ方々が、NPO法人医療施設近代化センターの前身となる株式会社を設立。試行錯誤を重ねる私との交流が始まります。その後、NPOがスタートしますが、設立趣旨は、良質の病院建築を適正価格で実現することで、特に施設整備経験が少ない病院経営者の支援に注力しました。大きな業務の括りは、施主の立場で公正・公平に経験豊富な組織の中から設計者を選定することと、設計の早い段階で施工者を選定し、経験豊富な技術とコストコントロール力を生かして費用対効果に優れた病院づくりを実現することです。中間で工事費をチェックし、必要なら軌道修正することもできるこの手法は、現在のECI(Early Contractor Involvement)の先駆けと言えます。
成功に導くにはいくつかの前提条件がありました。何より大事なのが病院の収益性を見極め、投資可能範囲の上限を設定することです。投資金額が満たない場合は、例えば理事の給与をしばらく我慢いただいたり、増収を図って自己資金をため、身の丈に合った投資・整備計画を立てることを了解いただいたこともあります。病院建築における資金問題の多くは、過大な計画に起因します。生かせるものは生かす、過大な夢のような規模を適正に見直し、施工者にも適度な競争を促すことを提言してきました。
下呂市立金山病院での実績
1998年にNPOの制度が始まるなか、事業の社会性を鑑み、現在のNPO法人医療施設近代化センターが設立されました。私は当初から参加し、病院のコストパフォーマンス実現に向け50件以上の施設整備支援を行ってきました。
大幅なコストダウンを図りながら効率性と安全性を確保した好例が、2012年8月に新築移転オープンした下呂市立金山病院です。100 床規模の病院で、当初の建築費が30億円(1ベッド当たり3千万円)という試算額は経営的には巨額過ぎるために移転新築計画は難航していました。そこで我々が市の依頼でCMR(コンストラクション・マネジャー)となり、基本設計完了時点で施工者を選定するECI方法を採用しました。結果、建築整備費限度目標額を当初の3分の2の20億円以下(1ベッド当たり2千万円以下)に絞り込むとともに事業期間の短縮を実現したのです。
発注方式の選定
現在、特に東日本大震災の影響による資材不足や、東京五輪・パラリンピックに向けた建設投資の誘発により、建設物価が高騰、高止まりしています。自治体はどうすればよいのか。有効な方法の一つが発注方式を変えることです。この点について、国土交通省から「公共工事の入札契約方式の適用に関するガイドライン」が出ています。よくできた資料で、より低い予算で工事を発注する方法を紹介しています。
今までの設計施工分離入札方式に対し、ガイドラインが奨励しているのは、DB(Design-build)方式やECI方式です。DB方式は設計・施工の一体的な発注で、一方のECI方式は先述したとおりです。両方式とも施工者独自の特許・仮設計画などの技術力とノウハウを設計段階から投入するので、建設コストの縮減や工期短縮を図れるメリットがあります。一方で、進め方が複雑になり設計者・施工者に計画的な負担がかかるなどデメリットも出ている。どの方式がそのプロジェクトに最適か、見極めが必要です。
注意すべき点は、設計が20%進むと工事費が80%も 決まってしまうという事実です。したがって、設計のなるべく早い段階で施工の技術を取入れた予算を組むことが重要となります。設計者施工者の選定・発注は発注者の最大の業務です。設計・施工者とも理念を共有しなければなりません。こうした相互理解と協力が手戻りと無駄を防ぎ、合理的な業務遂行をもたらすのです。
下呂市立金山病院の事例
岐阜県下呂市金山町に新築移転オープンした下呂市立金山病院の前身は、特殊法人である日本医療団の金山病院だ。戦後、1948年に日本赤十字社の運営となり、その後金山町に移管され、金山町立病院として診療科や病床数を増やしながら地域の中核病院として住民の健康を守ってきた。
施工者先行選定方式で工事費減
前述したコスト削減に加えて、耐震化に対しての補助金も得ることができたことから、最新の CTやMRI、マンモグラフィなどを導入することが可能となった。加えて、市民参加のワークショップや設計・施工者選定のつど公開審査を行うなど、地域住民の声を積極的に取入れたことで、工事の透明性が高まり、市民からの病院への理解、愛着が深まったことが特筆される。
効率性を重視した部門配置
建物の主な特徴には、まず効率性を重視した各部門の配置をあげられる。総合受付、外来、会計すべてが、正面玄関エリアに集中配置されている。そのため、患者は受付から会計まで迷わず最低限の移動で済むようになっている。1階救急部門には、放射線科 や各種検査部門が隣接し、検査を効率よく行えるようになっている。さらに手術室、病棟重症ゾーンへの動線も最短距離で移動ができるような工夫がされている。
もう1つの特徴は、100 床規模の病院でありながら免震構造が採用されている点だ。着工は、東日本大震災が発生した直後だったが、免震構造の採用決定は当然それ以前にあった。医療過疎ともいえるこの地域で中核病院として医療を担うためには、どのような災害にも耐えられる医療施設を整備する必要があった。市の財政基盤は豊かではなかったにも拘わらず、免震構造を採用した効果は大きい。さらに同病院では将来の医療ニーズの変化にできる限り対応できるように、廊下幅や病室面積などは最大限の基準に対応させている。
現在、日本全国どこの自治体でも財政的に余裕があるというところは少ない。余裕がない中で、コストを抑え、最新の医療機器を導入するなど、機能的に充実した病院を作り上げた下呂市立金山病院は、財政難に喘ぐ自治体病院にとって好例となっている。
建築概要
工期:2011年2月~2012年5月
構造規模:鉄筋コンクリート造、地下免震構造、
地上5階
延床面積: 6954.44 ㎡(内、駐輪場18.04㎡)
設計監理:東畑建築事務所
施工:戸田建設
(写真:エスエス名古屋 相羽 光徳)