超高齢社会を迎え、新たな仕組みでの健康まちづくりが進んでいる。重要な役割を担うのが、在宅医療を中心に多職種が連携する地域包括ケアシステムである。
その本質は何か、地域医療や病院づくりにどのように影響するのか、東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫特任教授と特定非営利活動法人医療施設近代化センターの岩堀幸司常務理事に対談いただいた。
超高齢社会と地域包括ケアシステム
岩堀
私は団塊の世代で、板橋区の大規模団地に暮らして40年が経ちました。最近、興味深い現象が進んでいます。50~60代の世代が、高齢化した親を団地の空きユニットに呼び寄せているのが観察できるのです。その世代では認知症を発症する人が少なくありません。とはいえ、家族が終日見守るために仕事を捨て故郷に帰ることはできない。隣人の認知症が進行して目が離せない等の相談が民生委員に寄せられ、いかに支え合っていくかが課題になっています。
辻
認知症への対応は、これからのコミュニティづくりの重要課題です。2025年には団塊の世代が75歳に達しますが、後期高齢者になると集団としては心身機能や生活機能が徐々に低下し、認知症が増加するためです。
認知症や虚弱になったら施設や病院に行くのが一般的です。しかし、大都市圏にあっては特養等の施設が大幅に不足している。約8割が病院で亡くなる現状で、病院では受け止めきれないことが懸念されています。
岩堀
25年ほど前にノーマライゼーション(※1)について取材するために、デンマークのバレラップという街に行ったことがあります。そこでは、子どもから高齢者、障害者まで分け隔てなく生活できるように、ごみ処理・エネルギーの調達から仕事場まで内包したまちづくりを行っていました。当時デンマークでは一般的に老人ホームは大規模な集合建築から小規模集合住宅化され、外部からの専門介護サービスを受ける仕組みになっていました。
辻
認知症でたとえ一人暮らしになっても、できる限り地域で普通に暮らせる社会を作らねばなりません。そのためには、社会システムやまちそのものを変えねばならない。私はこのことを確信し、行政官時代を含めて様々な立ち位置から介護が必要になった高齢者を社会全体で支えるしくみの構築を目指してきました。
岩堀
それを大きく前進させたのが2000年施行の介護保険制度ですね。
辻
全国の基礎自治体(市町村)が運営主体(保険者)となったことが大きな原動力となりました。民間や医療法人等にも事業への参入を認めたことで、サービス供給体制が多様化し、在宅介護の基盤ができました。続く2005年施行の介護保険改正法では、予防重視型システムに転換するとともに、認知症や一人暮らし高齢者の増加に対応し、「小規模多機能型居宅介護」等の地域密着型サービス(※2)を創設しました。
岩堀
その間にも高齢者は増え続け、介護職の不足等の原因で既存の介護保険サービスだけでは高齢者の生活を支え切れない状況が進んでしまいました。
辻
そこで登場したのが「地域包括ケアシステム」です。従来別々に提供されていた住まい・医療・介護・予防・生活支援を地域ニーズに応じて一体的に提供する仕組みに変えたのです。
本質は「自立と連帯」で、ポイントは大きく二つに分けられます。一つは、まち全体で要介護につながる生活習慣病とフレイル(虚弱)を予防することです。老いの進行は、運動・栄養・社会参加という三位一体のアプローチによって遅らせることができます。歩きやすい歩道や公園を整備したり、自然と出かけたくなるような催しを行う等、まちぐるみで健康づくりに取組むことが重要です。
岩堀
健康都市のアプローチそのものですね。
辻
もう一つは、在宅型ケアシステムの確立です。まず、地域で自立した生活を続けてもらうことで介護を予防します。自立が困難になれば、見守り・相談・食事など困りごとの生活支援を行い、必要になれば専門職による在宅型の医療・看護・介護で支援する。このような住まいを基本とした在宅型ケアシステムを構築できれば、虚弱になっても社会性を失わず、最期まで自分らしい生活を続けることができます。
こうした地域包括ケアシステムの要となるのが、「在宅医療」です。最期まで生活者であり続けるには、生活の場で医療を提供する必要がある。担当するのは、住まいに訪問診療する「かかりつけ医」が基本です。かかりつけ医は、人の生活を診ることができる総合医でもある。私は、在宅医療がこれまでの臓器別の専門医を総合医に変えることにつながると考えています。その医師が地域の拠点的な病院と連携することで、地域医療が面となるのです。
もちろん在宅医療は医師一人ではできません。歯科医師、薬剤師、訪問看護師、訪問介護職、ケアマネージャー、リハ職、栄養士等、多職種が医師と連携し、チームを組んで支えねばならない。そのためには、何よりも地域の医師会と基礎自治体が協力することが大切です。これに関して、国は「在宅医療・介護連携推進事業」を基礎自治体で推進することを決めました。今後、基礎自治体は地区医師会と連携して多職種の専門職の調整機能をもつようになることが期待されています。
岩堀
長寿社会を支えるシステムが整いつつありますね。一方の高齢者も「与えられる側」から意識を変える必要があるのではないでしょうか。
辻
地域包括ケアシステムは本人の選択ということを尊重しており、2016年に「地域包括ケア研究会」(座長:田中滋埼玉県立大学理事長)が発表した報告書では、医療や介護のサービスを受けるにあたり、「本人の選択と本人・家族の心構え」を大前提にしています。
人生100年を迎え、中高年者には自らの人生の最終段階までの生活を検討し、選択する十分な時間が与えられています。医療行為の選択では、ACP(Advanced Care Planning)(愛称「人生会議」)が実践され、本人が家族や医療・介護チームと話し合い、最適な医療や介護を選択するようになっている。最近のデータを見て感心したのは、胃ろうを付けている人が大幅に減っていることです。
岩堀
その人の嚥下機能レベルに応じた適切な食事を取る取組みも注目されています。自分の口で食事を食べることで尊厳を保ち、内臓機能も維持でき、生きる喜びを実感できる。介護施設では、皆と一緒に食事をとることでコミュニケーション効果が生まれ、認知症予防や改善効果につながることが指摘されています。
柏プロジェクト
岩堀
地域包括ケアシステムのモデル事業として高く評価されているのが、東京大学高齢社会総合研究機構と柏市とUR都市機構が共同で取組む「柏プロジェクト」ですね。先日、豊四季台団地を視察しました。
辻
そこはUR都市機構が1964年に開発した大規模団地で、現在、住民の40%以上が65歳以上の高齢者で占められています。本プロジェクトでは、高齢者が住み慣れた地域でいつまでも安心して住み続けることができる「Aging in Place」の具現化を目指しています。
岩堀
全国で広がる地域包括ケアシステムの中で、本プロジェクトの特徴は何でしょうか?
辻
大きく三つあります。一つ目は、かかりつけ医を中心とした在宅医療のシステム化です。柏市と柏市医師会の合意の賜物です。市役所が事務局、医師会が先頭に立って、多職種が一堂に集う「顔の見える関係会議」というワークショップを開催しています。目的は多職種の人間関係の構築と連携で、意見交換や勉強会を行っています。さらに、柏市と医師会と多職種の団体が連携する在宅医療連携拠点としての「柏地域医療連携センター」も設置しました。そこでは、在宅医療のコーディネートや多職種連携の研修事業、市民への訪問医の紹介や関係機関に関する相談等を行っています。
岩堀
柏市の秋山市長はその成果として、市内で在宅療養を行う診療所数が2010年の14ヵ所から2018年の33ヵ所に、自宅での看取り件数も、2010年から2018年までの間に大幅に増えたと報告しています。
辻
二つ目は、在宅介護看護の拠点を付置した「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)の誘致です。在宅介護では、特に小規模多機能型居宅介護サービスの役割が大きい。これは地域密着型サービスの一つで、利用者の選択に応じて、拠点事業所への「通い」、短期間の「宿泊」、自宅への「訪問」を組合せることができます。利用者は、家庭的な環境と地域住民との交流の下、日常生活上の支援や機能訓練を受けることができます。
「サ高住」は、介護棟が70戸、自立棟が35戸の6階建てで、1階には、今述べた小規模多機能型居宅介護サービスを始め定期巡回随時訪問介護サービスと訪問看護サービスの24時間対応の在宅ケア機能の拠点が併設されています。これに伴い近隣地域の在宅高齢者も安心して住めるという考え方です。
三つ目が生きがい就労の構築です。高齢者は仕事を維持することで、社会性を維持しながら地域にも貢献できます。柏市はまず市民セミナーを開催し、そうした動機付けを行います。適切な職場と地域高齢者とのマッチングを目指しています。ボランティアと違い、報酬が発生することは励みになります。無理なく働けるワークシェアリングも導入し、農業や子育て支援や高齢者施設等に従事いただいています。
岩堀
柏市には、全国自治体からの視察が絶えないと聞いています。
辻
まちづくりのモデルとして、年間200件を超える公的視察があります。
コンパクトシティ・プラス・ネットワーク
岩堀
「地域包括ケアシステム」はコンパクトシティ政策(※2)の必須項目であり、「柏プロジェクト」はそのモデル事業としても注目されています。コンパクトシティは地域の持続可能性に貢献することも期待されていますね。
辻
地域の持続可能性には、高齢者の生活支援と同時に、子育て世代が住みたくなる地域にすることが不可欠です。多世代の循環構造をどのように創り出すのか、東京大学大学院の大月敏雄教授は著書「町を住みこなす-超高齢社会の居場所づくり」(岩波新書、2017年)で興味深い指摘をしています。地域の高齢化と居住形態調査の結果、時間の経過に伴い、一戸建やマンションは老いやすいが、賃貸アパートは老いにくいというのです。
新築住宅を購入する層は35歳前後の子育て世代が多く、新たな住宅地はそうした世代が占めるようになります。ところが時間の経過に伴い子どもたちが独立すると、残された親たちと共に住宅地も高齢化してしまう。それを避けるには、規制緩和で地域の賑わいを作ったり民間アパートを誘致したり、安く買ったり借りたりできるリフォーム型の住宅を循環させることが必要だということになります。そうしたまちづくりのビジョンは大手デベロッパー任せにできるものではなく、地域の人たちの支持の下で多くの関係者がネットワークを組む必要があります。現実的には、地域住民と不動産業者、介護事業者等による地域型事業者のコンソーシアムを構築することです。さらに、地域の歴史や文化を大切にして、地域に対する誇りを育てることも大事です。
岩堀
コンパクトシティでは一方で、「移り住みたくない」等の理由で取り残される人が出てしまうことが危惧されています。
辻
離れた小地域では、各種交通手段やICT(※3)で結ばれたネットワークで在宅介護等のサテライトを配置して拠点地域とネットワークする「コンパクトシティ・プラス・ネットワーク」の考えが進んでいます。国はこの考え方のもと、「多極ネットワーク型コンパクトシティ」をめざす政策を導入しています。私たちもICTのインフラを基盤に、面としての「地域包括ケアシステム」を確立する構想です。これからは回線の大容量化がますます進みます。ICTを活用し自立支援ロボットとセンサーをセットし、一人暮らし高齢者の生活支援を行う時代も遠くないでしょう。
「地域包括ケアシステム」とこれからの病院づくり
岩堀
地域包括ケアシステムのもと、医療では病院を単独で機能させるのではなく、地域全体で病院を支えながら地域を面として完結させていくシームレスな取組みが求められています。
辻
病院の再編成が進んでいる地域がありますね。複数の公立病院が協議し、急性期や慢性期等の役割分担を明確にすることで効率的な医療を提供する体制づくりが進んでいます。
岩堀
例えば山形県の置賜地方では、急性期の公立置賜総合病院(520床)を基幹病院に、2市2町(長井市、南陽市、川西町、飯豊町)の既存の3つの公立病院と1つの診療所を、2つの公立病院と2つの診療所にサテライト化しました。既存病院はそれぞれ300と400床程でしたが、すべて50床までダウンサイズしたのです。加えて公立置賜総合病院の所在する川西町では、医療、住宅、商業施設などが融合した「メディカルタウン」の整備事業が2021年度の完成を目指して始まっています。
私は2つの病院のダウンサイジングの施設の整備をお手伝いしたのですが、地域で一体的に考える方法があると思います。なぜなら、若手医師に症例が少ないサテライトへの配属を避ける傾向があるためです。医師にも看護師にもどんどん交流してもらい、全体を一つの病院と捉え、サテライト病院に籍を置きながらもいざとなれば基幹病院で手術できる仕組みがあれば、医療スタッフは腕を上げることができます。少しずつですが、そのような取組みが進められていると聞いています。
辻
私は10年間、東京大学高齢社会総合研究機構で在宅医療を通した医師の意識改革に取組んでいますが、難しい課題であることは確かです。現在の若い医師は病院で専門医としての訓練を受けているので、在宅の虚弱な患者を看た経験がないのです。
岩堀
病院に連れてこられた人の病気を看て、治療だけに目が向いている。
辻
治療は必要ですが、在宅に帰した後、その患者をどうするのかを若い医師は慮らねばなりません。病気だけでなく、その人の生活や人生を診ることは医療にとって本来的な課題であるはずです。このことを議論し、病院と在宅の関係を整理していけば、異論のない着地点が見つかるに違いありません。
「地域医療構想」(※4)では、都道府県に医療機能の分化・連携を進めるための施策を定め、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の4つの機能区分で過不足のない調整を目指しています。このことと在宅医療を含む地域包括ケアシステムが連携すればよいのです。ただ、地域医療構想は、経営主体の違いや競争等でなかなか進んでいないのが現状です。
岩堀
さらに地方の公立病院では、議会の要望もあり行政区毎に立派な病院を作りたがる傾向があります。「病院完結型」から「地域完結型」医療への転換は待ったなしです。広域圏で役割分担するよう、首長同士でリーダーシップを発揮し議員・住民も理解しなければなりません。
辻
その考えを行政と医療関係者が共有する必要があります。さらに市民の理解も不可欠で、コンセンサス作りが求められる。では、何から始めればよいのか。やはり地域包括ケアシステムを突き詰めるべきだと思います。在宅に戻れる患者を戻すことができれば、病院本来の機能が炙り出されるはずです。そうなれば、おのずと病院の機能分化が進みます。家に戻った人には、在宅医療と24時間対応の訪問看護ステーションで対応すると共に、小規模多機能居宅介護等の地域密着型サービスも用意する。そうすれば、病院の機能分化への市民のコンセンサスも得やすくなります。
それらを踏まえた上での徹底した病院の機能論と位置づけ論を原則として基礎自治体で行うべきです。そして、そのようなモデルを各地で実現する必要があります。
岩堀
特に市立病院に焦点を当てるべきだと思います。市立病院は誰でも、どのような医療ニーズでも引き受けるため、どうしても総花的で特徴が無くなってしまう傾向にあります。県立病院は政策医療で不採算部門を引き受ける一方、位置付けがはっきりしています。
辻
急性期の医療需要は現在減っているし、将来も確実に減ります。市立病院で何もかも行うことには無理がある。地域型の拠点病院は一般急性期と回復期や慢性期に特化しながら、広域の高度急性期の病院と連携せざるを得なくなるはずです。このような時代の流れを踏まえながら、これからの病院づくりには、設計段階から地域住民の声を反映させる仕組みがますます求められることでしょう。
※1 ノーマライゼーション
障害者が障害のない人々と一緒に普通に生活できるようにすること。
※2 地域密着型サービス
介護が必要になっても住み慣れた地域で生活が継続できるように地域ぐるみで支援するしくみ。小規模多機能型居宅介護、夜間対応型訪問介護、認知症対応型通所介護、グループホーム等がある。
※3 ICT
通信技術を活用したコミュニケーション。 情報処理だけではなく、インターネットのような通信技術を利用した産業やサービスなどの総称。
※4 地域医療構想
2014年施行の「医療介護総合確保推進法」により都道府県が策定することを義務化した。目的は限られた医療資源を効率的に活用し、切れ目のない医療・介護サービスの体制を築くこと。在宅医療・介護の推進を前提に、診療記録や人口推計等で将来の医療需要を推計し、区域ごとの必要病床数を定め、実現に向けた方策を決める。
●プロフィール
辻 哲夫(つじ てつお)
東京大学高齢社会総合研究機構特任教授
1947年 兵庫県生まれ。
1971年 東京大学法学部卒業後厚生省(現厚生労働省)入省。
老人福祉課長、国民健康保険課長、大臣官房審議官
(医療保険、健康政策担当)、
官房長、保険局長、厚生労働事務次官を経て
2008年 田園調布学園大学教授。
2009年 東京大学高齢社会総合研究機構教授、2011年より現職。
2013年より認定NPO 法人健康都市活動支援機構理事。
専門分野は社会保障政策と高齢者ケア政策。
厚労省在任中には医療制度改革に携わる。
編著書として
「日本の医療制度改革がめざすもの」(時事通信社)
「地域包括ケアのすすめ在宅医療推進のための多種連携の試み」
(東京大学出版会)
「超高齢社会第3弾 日本のシナリオ」(時評社)
「超高齢社会第4弾未知の社会へ挑戦」(同)
など多数。
岩堀 幸司(いわほり こうじ)
建築家( 一級建築士)
病院建築・経営アドバイザー
1947年 神奈川県生まれ
1973年 千葉大学大学院修士課程終了後
日建設計入社( 設計部長、理事、部門副代表など歴任)
2004 年 東京医科歯科大学大学院非常勤講師
2008 年 NPO 医療施設近代化センター理事
2009 年 NPO 医療施設近代化センタ一常務理事
2018 年 認定NPO 法人健康都市活動支援機構理事
著書
「生き残る病院建築のブランディング戦略」(近代建築社発行)