医療施設整備を成功に導くコミュニケーション手段
新築、増改築を問わず「良い医療施設」の実現は病院関係者の課題である。そのためには何がポイントになるのか。建築主の「意」を、設計者が見える「図」とし、それを施工者が「形」にする過程と抑えどころについて考える。
無駄と漏れを防ぐ
医療施設整備は、基本構想→基本計画→基本設計→実施設計→施工等の手順を踏むのが一般的です。大事なのは、その過程で無駄と漏れを防ぐことです。とはいえ、専門的・技術的な図面や用語は一般には理解しにくいでしょう。設計者や施工者としては、建築主の意図をカタチにし、わかりやすく正しく情報共有しなければなりません。一方の建築主はプロ任せにせず、場合に応じて建築主側の立場でサポートする「セカンドオピニオン」を立てることも必要と考えます。
基本計画・事業計画で事業規模を把握
公立・公的ばかりでなく、民間も含めた「再編成」が話題なっています。統合等の場合はともかく、新たな病院づくりがほとんどない中、多くの施設整備は改修、現地改築、移転新築のいずれかに絞られます。建築主が事業計画でまず取組むべきは、規模や内容、費用の把握と資金調達です。過去においては増床を背景に事業が拡大されましたが、今は違います。人的資源を含めた効率化や保険点数と基準を考慮した施設整備、さらには患者数の獲得や得意分野の充実等で増収が期待できるのです。戦略的・総合的取組みは、組織改革のきっかけとも成り得るでしょう。
建設事業費は、「必要面積×面積当たりの単価」で求められます。具体的には、諸室とそれぞれの部屋面積を積み上げ、廊下や設備スペース、待合等共用スペースを加味した「スペースプログラム」が基本となります。既存病院建物に付け加える必要のある機能、要らない機能をプラスマイナスすると分かりやすいでしょう。
単価は「相場観」を基にする方法が多くとられますが不十分です。むしろ、外来や中央診療、病棟、供給、管理の設備費も含めた部門別単価を考慮し、それぞれの面積を掛け合わせることで精度を上げることができます。注意すべきは、急性期から療養的病院までの機能でそれぞれの面積配分が異なり、全体の単価も変わることです。
規模・機能による工事費に加え、立地コストも生じます。植栽・駐車場等外構の整備費、法的に決められた駐車台数の確保のほか、敷地が狭ければ立体・地下等コストのかかる駐車場を整備しなければなりません。浄化槽の必要があれば、排水水質基準に合わせたものが必要となります。電気・ガス・水道等のインフラ整備の負担金も見落とせません。
さらに土壌汚染や地震、水害等のハザード対策も土地固有のコスト要素に成り得ます。工場跡地等でなくとも、ヒ素やフッ素等の自然由来の汚染物質が存在するので油断なりません。これらにもできる限り早い段階に把握しておかないと、後々事業費に狂いが生じてしまいます。
ますます大事な基本設計・空間イメージの共有
次の段階が設計者の選択と建物の設計です。前者については本稿では詳述しませんが、経験や資格、課題に対する提案やプレゼンテーション力、つまり、設計チームの取組みをマネジメントする主担当者のスキルを考慮すべきと考えます。
2014~2015年にかけて「公共工事の品質確保の促進に関する法律・ガイドライン」が改正、整備され、ECI(※1)やDB(※2)を含む多様な施設整備発注方式が認知、推奨されるようになりました。大きな変更点は基本設計完了時点で施工者から見積りを聴取し、公平・公正・競争原理の下、施工者を選定する手法の選択ができるようになったことです。当然、今まで以上に基本設計内容や設計者の技量が問われることとなりました。さらに国交省は新しい手法におけるマネジメントの重要性を鑑み、発注関係支援を行う役割としてPM(※3)やCM(※4)の活用を勧めています。結果、ECIやDB等の発注手法を支援、補完する新たな役割が加わる一方で、VE(※5)提案の評価や調整等、設計者への負担が増すこととなりました。
負担があまりに大きくなると、その手法は長続きしません。そこで、負担軽減の手段として、BIM(※6)やAIを活用した無駄・手戻りのない合理化を進めるべきと考えます。しかし、例えばBIMやAIの有効性の一つである空間の疑似体験でどこまで確実な検証ができるのか疑問です。疑似体験で壁の角や床の段差がどれほど危険なのか、体感できるのでしょうか?いずれ進化を遂げるとしても、今のところはAIと言えどもさらにポイントを押さえた学習が必要でしょう。
一方で身近にできる合理化の手段はいろいろあります。一例が設計図の中のリスト類です。建築工事は設計図書に基づいて行われますが、図面の中には仕上げ表や部屋毎の温湿度等、一覧にした各種の表が含まれます。これらの内容を逐一平面図と突き合わせて確認するのは骨の折れる仕事です。後で「こんなこととは思わなかった」と苦情が出ないようにするには、平面図を色分けして示すこと等が有効だと考えます。例えば検体検査室が並ぶエリアの床は耐薬品性の長尺ビニールシート、壁は汚れにくく汚れが落ちやすい壁紙、天井は化粧石膏ボードという具合に、同一材料で統一できるゾーンを同一色で塗れば、専門家でなくとも一目瞭然で理解できます。
基本設計は病院建築における基本的な考え方を一通り検討・方針決定する作業であり、最も大事な段階といえるでしょう。
情報共有・確認手段である「プロット図」「総合図」「モックアップ」
病院設計では、プロセスの中で意匠や構造、設備の設計情報を一元化して調整・確認することを目的とした「プロット図」を作ります。各室の家具・医療機器の大まかな配置とそれに合わせた給・排水、電気等のユーテリティーをシンボルで示した図面です。基本設計の後半から実施設計に入るまでに医療側の確認を得、それに基づいて設備システムや容量等を求めることが設計の基本ともいえるでしょう。目的は各室の建築・設備要素の有無を確認することで、「医療者と設計者との情報共有手段」ともなります。
プロット図が医療者、設計者の間で確認できると実施設計に入ります。実施設計図においては、建築・電気・空調・衛生さらに電波シールド・医療ガス等工事区分や専門工事ごとに別々の図面がつくられます。「設計内容を施工者に伝える」ための図面です。
施工者が決まり現場が始まると、施工者は「総合図」を作成します。寸法等がセンチないしミリ単位で示してあります。建物を作るために職人一人ひとりに伝えるベースとなる図面で、家具・医療機器・電気・空調・衛生等すべての要素の位置や位置関係を床・壁・天井にわたり示しています。「医療的な意図を実建物で反映する」ための手段で、例えば外来患者が仰向けになった真上の空調吹き出し口から風が強く当たらないか、等の配置上の不具合をチェックします。これは設備毎に複数の図を突合せることなく、文字通り「総合的に」確認する手段として施工者にとっても間違いを避けるために欠かせないものです。合わせてスイッチ類・照明器具・衛生器具等を写真等で照合できるように準備すれば効率よく進みます。
最近、設計者や施工者の多くがBIMによる空間の疑似体験を技術提案するようになりました。平面図では、例えば外来診察室や病室の「広さ」が十分か、100分の1かせいぜい50分の1の縮尺で判断しなければならず、実感が湧きません。疑似体験はそれに変わる手法ですが、限界があります。とはいえ、最近よく採用されるモックアップは費用がかかります。病室・診察室・洗面・トイレ等数が多く要素も多い部分は施工間違いを避けるためにもモックアップで確認しておくことは有効です。しかし、マンションのモデルルームと違いベッド回りのスペースが十分か、医療的な機能性等を確認するのを目的として必要十分にしてコストをかけない工夫も必要です。設計段階ではコストをかけにくいので、会議室等の床に計画平面を描き、机を横にして囲い、疑似壁としてベッド、車いす、ストレッチャー等を持ち込んで広さを実感する方法も有効です。
信頼関係構築と効率的情報共有のための「フロントローディング」
2019年、一般社団法人日本建設業連合会が「フロントローディングの手引き2019」を発行しました。以来、設計・施工業界における「フロントローディング(以下FR)」の関心が高まっています。FRは直訳すると、フロント(前に)、ローディング(負荷をかける)という意味で、同連合会は「プロジェクトの早い段階で建築主のニーズを取り込み、設計段階から建築主・設計者・施工者が三位一体でモノ決め(合意形成)を進め、後工程の手待ち・手戻りや手直しを減らすことにより、全体の業務量を削減し、適正な品質・コスト・工期をつくり込むこと」と定義しています。
具体的には、設計の早い段階から、外装はコンクリート壁なのか、ガラスとアルミフレームのカーテンウォールなのかを提示し、コスト・性能・デザイン性等を比較検討し、建築主が選択・決定しやすいように進めること等が含まれます。外装に限らず、構造方式・内装・設備等あらゆる要素に共通します。「いずれ検討しなければならないことを予め検討してしまおう」ということです。
施工ばかりでなく、むしろ設計において以前から注目され、病院に限らず取り入れられてきました。ところが病院のように設備や機能面の要素が多い施設では、ヒヤリングの段階やプロット図・総合図の確認の段階で、「よく考えたらやっぱり違う」と心変わりが出て変更・手戻りが繰り返されることになるのが現実です。事前のプレゼンテーションや意見交換が不十分で完全に得心できていなかったといえばそれまでですが、一度で済むものと考えずに、まずは全体スコープを共有し、その後も段階ごとに事前に検討事項や課題を予見・共有し、理解と解決に向けてプロセスを管理する取組みだと考えます。
少々話がそれますが、設計者がよく言う「ヒヤリング」が「病院側の考えをよく聞く」という姿勢に終始しがちなのが気になります。聞いたことをその通りまとめるのでなく、建築のプロとしてスタッフから「要求や目的」を引き出し、経験と知見に基づく「手段や解決策」を提示しなければ役目を果たせません。だいぶ以前の事、ある病院で看護師さんが「病室に既製品の医療ガス配管ダクトがないと病院ではない」と言って譲らない場面に居合わせました。今では、既製品ばかりでなく医療ガスや電気のアウトレットをスマートに設計することが主流になっています。
建設業の立場からみたFRのメリットと課題
施設整備のプロセスで不具合が発生し変更となった場合、それが工程の後になればなるほど、修正のためのコストと時間が必要になります。しかし病院建築では、特に医療的なニーズ・使い勝手に合わせた仕様が細かく要求されるため、しばしば途中変更が生じてしまいます。新たな変更は単価の増大をもたらすため、予定工事費の上限に照らし合せて減額要素を探さねばならなくなります。その際、施工者からの見積もりが少なく出てくる傾向にあるため、監理者はコストチェックや交渉に手間取ることになります。こうした工程の無駄を避けるためにはFRを適正に進め、後々の変更を出さないことが大事です。また、施工側が早い段階から設計に関わることで、鉄骨造りか鉄筋コンクリート造りかといった構造種別をはじめとする材料や工法等のコストセーブが可能となり、良質な建築物に無駄なく導くことができるようになります。
FRの効果を最大に発揮するためには、設計と施工の同時進行(いわゆるデザインビルド)が有効となります。その際、最も重要なのが、建築主と設計者・施工者との信頼関係です。そのためには、病院建築でもPMやCMの役割がより重視され、中でもコストと技術の査定能力が求められることになるでしょう。 (談話をもとに編集)
※1 ECI(Early Contractor Involvement):
設計段階から施工者が参画し、施工の実施を前提として設計に対する技術協力を行う方式
※2 DB(Design-build):設計及び施工の両方を単一業者に一括して発注する方式
※3 PM(Project Management):
プロジェクトマネジャーが早い段階から事業に参加し、企画、設計、発注、施工、維持管理までをマネジメントしながら効率的にプロジェクトを推進する手法
※4 CM(Construction Management):
計画、設計、発注、施工等の各段階でコストやスケジュール、品質、リスク等の管理を実施することで品質改善やコスト縮減を行い、工期内、予算内でプロジェクトを収める手法
※5 VE(Value Engineering):建物の機能を維持しつつコストを削減する手法
※6 BIM(Building Information Modeling):
コンピューター上に現実と同じ建物の立体モデルを再現して活用する手法