自治体病院の統合と機能分化❺ ~公立森町病院~

公立森町病院 病床数 131 床(一般急性期病棟 45 床、地域包括ケア病床 48 床、回復期リハビリテーション病棟 38 床)
公立森町病院 病床数 131 床(一般急性期病棟 45 床、地域包括ケア病床 48 床、回復期リハビリテーション病棟 38 床)

 公立森町病院はかかりつけ医機能をもつクリニックを運営するとともに在宅医療に不可欠な家庭医(総合診療医)の育成に取組んでいる。医療圏内の機能分担を含め、経緯と現状について同院院長の中村昌樹氏にインタビューを行った。

後方支援病院の役割と家庭医の育成

まずはクリニックの開設と家庭医養成のきっかけについてお聞かせください。

中村昌樹氏(公立森町病院院長)
中村昌樹氏(公立森町病院院長)

 私が1997年に外科部長として公立森町病院に赴任した当時、地域に医療が浸透していなかったため重症患者も多く、当院は日々戦場でした。その後医師不足で掛川市と袋井市の救急体制が悪化し、両市からも救急患者が搬送されてきました。それから5年間手術に明け暮れ、休日や夜中でも呼び出されたものです。院長に就任した2002年以降は、「これでは体がもたない、医師の負担を軽減しなければならない」と思いました。軽症患者を開業医で診てもらうのが先決ですが、町内の開業医も少なく、当院がかかりつけ医機能を担わなければならない状況でした。ならば、そうした機能をもつ公的なクリニックがあってもよいのではと考えたのです。

医師を確保する必要もありました。大学医局が当院のような小規模病院に若手医師を派遣することは期待できません。専門分野の研修機会を提供できないためです。一方で当院は訪問診療を含む総合診療を学ぶ場としては適しています。生活者としての患者に向き合う経験も積める。

 

私の専門は外科でしたが、地域の必要に応えるために、自分なりに内科や整形外科診療にも携わりました。しかし、これからの若い世代はそうはいきません。ジェネラリストを養成するしっかりした教育プログラムが必要と思われ、それを模索していたある日、磐田市立総合病院の紹介でミシガン大学家庭医療学科教授のマイク・フェターズ氏が当院を来院されました。フェターズ氏は高校時代、日本に留学して菊川市にホームステイしたことがあり、日本語が堪能です。第二の故郷である日本で家庭医を広めたいという思いが強く、「この地域こそ家庭医が必要」と熱く語り始めました。お話を聞き、私が求めていた内容と合致していたので、フェターズ氏の協力を得ながら教育プログラムを立ち上げることになったのです。

 

当時は日本でも若手医師中心に家庭医療学会が盛り上がっていました。早速、東京で開催されたワークショップに参加したところ、全国から多くの医師が参加していました。ところが家庭医のイメージが医師によってバラバラだったのです。私自身も訪問診療を主体とした総合医というイメージで捉えていたのですが、世界標準の家庭医は、また違った姿のように思われました。プライマリ・ケア関連の学会も3つに分かれていたのですが、ちょうどその頃統合され、日本プライマリ・ケア連合学会となり、次の時代を担う総合的な診療能力をもつ医師を養成していこうという機運が高まっていました。2009年、それを機に我々(当時の院長や市長、町長)でミシガン大学を訪問し、アメリカの家庭医の実態を視察しました。

家庭医とはどのような医師なのでしょうか?

 アメリカでの家庭医療は歴史ある専門分野です。「この病気を治療する」のではなく、「この人の健康を守る」ことを主眼に、患者の生活全般を診ることを重視しています。家庭医療専門学会から認定されたファミリードクターは小児科や内科、婦人科、外科、整形外科等のトレーニングを受けており、乳幼児から高齢者まで、家族全員のかかりつけ医機能を担っています。

 

患者の立場からみる病気とは、生活を続けられるかどうかの経験としての問題なのです。注意すべきは、医師の立場からみる病理学的な変化をもたらす「疾患」との間に捉え方のズレがあることです。医療には、患者の体験という物語に基づく医療(NBM[Narrative Based Medicine])と、科学的根拠に基づく医療(EBM[Evidence Based Medicine])があり、どちらも重要です。家庭医はEBMだけでなく、NBMも重視して家庭や生活を支えます。入院管理から救急医療、在宅医療、緩和医療、周産期医療等、患者をトータルで診る家庭医がいることで、各臓器別専門医もそれぞれの専門領域に専念することができるのです。

公立森町病院を中心にその後の経緯はどうなりましたか?

 地域の役割分担と連携をさらに進めました。2008年には、当院と磐田市立総合病院とで業務提携を締結。2009年には回復期リハビリテーション病棟を開設することで、2次医療圏における当院の役割を明確化しています。

 

2010年には在宅療養支援病院となり、2016年には地域包括ケア病棟を設置し、在宅で療養する患者や家族を支援する入院機能も整備しました。退院支援部門の地域医療連携室と在宅医療部門をコーディネートする在宅医療支援室が密に連携することで、「ときどき入院、ほぼ在宅」を達成するシステムを構築することができました。

 

家庭医の育成では2010年、静岡県地域医療再生計画の基金を使い、まずは磐田市、菊川市、森町の2市1町が共同で家庭医養成連絡協議会を組織し、「静岡家庭医養成プログラム」をスタートさせました。そして2011年、当院の隣接地に念願だった森町家庭医療クリニックを建設しました。目的は、地域に新たな医療の形を提供することと、若手医師に研修の場を提供することです。

森町家庭医療クリニック  1 階がクリニック、2 階が研修医・指導医室と「森町訪問看護センター」に分かれている。
森町家庭医療クリニック  1 階がクリニック、2 階が研修医・指導医室と「森町訪問看護センター」に分かれている。
12 の診療室のドアには動物のシルエットが描かれている
12 の診療室のドアには動物のシルエットが描かれている
診療室
診療室

プログラムの発展では紆余曲折があったと聞いています。

 当初はアメリカ型を基本とし、産婦人科診療も学べるプログラムとして始まりましたが、そのためには大学産婦人科講座の支援がなければ困難です。そこで2市1町の予算で浜松医科大学に寄付講座である産婦人科家庭医療学講座を開設しました。後に静岡県の寄付講座として、さらに地域家庭医療講座も浜松医科大学に開設されました。教育の拠点が大学に移ったことで、浜松医大総合診療プログラムの発足につながりました。さらに御前崎市も協議会に加わり、「静岡家庭医養成協議会」と名称も変更し、現在は浜松医科大学と3市1町からなる協議会が連携して運営しています。国も新しい専門医制度のもと、名称は総合診療医となりましたが、家庭医のような総合的な診療能力を持つ専門医が19番目の専門医として位置付けられました。

 

現在、「静岡家庭医養成プログラム」は、「浜松医大総合診療医プログラム」と並行して運営され、同大学地域家庭医療学講座特任教授の井上真智子氏に統括指導医を担っていただいています。私は院長として研修の場を提供し、支える立場です。プログラムの研修施設のひとつとして専攻医やフェローを受け入れることで、地域における家庭医療の充実と家庭医の育成に尽力しています。

地域ではどのように家庭医を普及させたのでしょうか?

 まずは市町村防災行政無線を使って毎月一回、家庭医について町民に向けてお話しました。町民すべてが聞いたとは思いませんが、人口1万8千人の規模なので伝わり方は速かったです。公的で中立な情報なため、好意的に受け入れらたこともあるでしょう。医師会に対しては、最初に町内の開業医を一軒一軒訪問してこのプログラムの立ち上げについて合意を得ました。地元医師会の協力のもと、今では、地域包括ケアシステムや在宅医療を進めたい地域で、家庭医がとても頼りにされています。住民の理解も進み、これからは家庭医がなければ地域医療が成り立たないことを十分理解いただいています。ここまでに10年かかりました。

家庭医の効果についてお聞かせください

 以前、当院の外来にかかっていた患者は、内科や外科、整形外科、眼科、皮膚科、泌尿器科等にかかっており、患者さんからみた、いわゆるかかりつけ医が多数いる状態でした。今はワンストップで家庭医が診ており、患者も一日がかかりだった病院通いを短縮できるようになっています。

 

家族ぐるみの関係もメリットです。例えば、胃潰瘍などの疾患が家族内事情に起因することがあります。家庭内の揉め事とか子どもの登校拒否等、生活上の問題が疾病の原因に隠れていることがあるのです。当初問診で「なんで関係ないことまで聞くのか」とクレームがあったものですが、今では相互理解が深まっています。カルテにも家族関係を記述して治療に役立てています。

 

早期発見、早期治療においても家庭医の役割は重要です。実は私の場合、外科部長の時代は、手術件数などの実績で自身を評価していた時期があります。しかし、考えてみると症状が悪化するから手術になる。大事なのは、そうなる前に治すことです。大腸ポリープや胃がんも早期なら内視鏡で除去できる。日常の健康管理を担う家庭医が普及すれば重症で運び込まれる患者は激減するはずです。

実際、当院でもあれだけあった緊急手術が今では殆どなくなっています。重症の救急患者も減り、深夜帯で受診する患者の8割は緊急性がないと判断される事例でした。そこで2018年の10月からは、当直医師の夜間における休息時間を確保するため、隣接市に存する2つの救急救命センターに指定されている磐田市立総合病院や中東遠総合医療センターの合意を得て、原則深夜帯の救急業務を中止しました。両病院の合意も得られましたが、問題は議会や住民だと思いました。ところが、議会には全員一致で賛成いただき、住民からの反対も殆どありませんでした。

 

このように、両基幹病院との連携のもと、当院が地域包括ケアの中心となる入院機能を担い、家庭医がかかりつけ医の役割を担う3階建ての医療提供体制が、現状の医療制度においては理想に近い形なのではないでしょうか。

クリニックで診療する家庭医
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患者宅で診療する家庭医
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