新型コロナの拡大が病院経営に深刻なダメージを与えている。本特集の前半では、危機管理下における病院経営の戦略と生き残るための方策について、長年の実績を持つ豊岡宏氏に寄稿いただいた。
アフターコロナの時代に向けた抜本的な改革
寄稿 豊岡 宏氏
病院の経営改革・再建・改善の実績
私は鉄鋼会社の出身で、その傘下の企業立病院に経営再建のために派遣されたことが契機となり、以後20年間に亘って、全国各地の病院で経営改革・再建・改善に従事してきました。20年間の経験から得た私の結論は次の4点です。
私は鉄鋼会社の出身で、その傘下の企業立病院に経営再建のために派遣されたことが契機となり、以後20年間に亘って、全国各地の病院で経営改革・再建・改善に従事してきました。20年間の経験から得た私の結論は次の4点です。
病院経営には「こうすればうまくいく」という方法論がある
1点目は、病院経営にはこれまで私がやってきたような「こうすればうまくいく、逆に言えば、そうしないとうまくいかない」という「病院経営の方法論(後述)」がありますが、かつて診療報酬に守られてきた日本の多くの病院では、それが行われておらず、その結果、「病院の常識イコール世間の非常識の世界」になってしまっている、特に「公立病院はその多くで赤字経営に陥っている」という事実です。
今は経営をしっかりやらないと病院も潰れる時代になっている
2点目は、その診療報酬も、これまでの度重なるマイナス改定で原価ギリギリの水準まで切り下げられてきていて、今は「病院も経営効率化やコスト管理等の経営面のマネジメントをしっかりやっていかないと潰れる時代になっている」という事実であり、それは過去18年間で病院数が▲940病院(▲10%)、病床数が▲12万床(▲7%)、夫々減少していることに端的に表れています。
医師の病院経営者が業務過負荷状況になっている
3点目は、そうした経営面の対応に加え、医療の高度・専門化や患者や社会から求められることの多様化に伴って、病院に求められる医療面への要求も高まる一方で、そうした「病院の経営面と医療面の両方のマネジメントニーズの高まりに対して、多くの病院では院長・理事長等医師の経営者のみで対応している状況で、その業務過負荷状態を招いており、またその事態に必ずしも十分対応し切れていない」という事実です。
「病院経営の出来る事務長(事務職)」が必要
4点目は、上記1~3の問題点に対応してこれを是正していくには、事務長等の病院事務職が「病院経営の方法論」を修得して「病院経営の出来る事務長(事務職)」となって病院の経営面でより貢献するようになり、その分負荷が軽減される院長・理事長等の医師の経営者が「病院の理念を高く掲げて医師等の医療職を束ね、地域医療・医療安全・感染対策・医療高度化等で病院を引っ張る」という医師の経営者にしかできない病院の医療面により専念するようになることがもっとも現実的であり、そのことが結果として「病院の常識」を「世間の常識」に近づけることになり、「公立病院の経営改善にも繋がる」という事実です。
「病院経営者(事務長)育成塾」で次代病院経営者(事務長)を育成する
そこで私が過去20年間実践してきた「病院経営の方法論」を伝えて、次代の病院経営者(事務長)を育成すべく、2019年度から、全国の公私の医療機関から希望者を募って病院経営者(事務長)育成塾を開講しました。(概要は本稿15頁参照)
2020年度は、コロナ禍の影響で実施形態をそれまでのライブ方式からオンライン方式に切り替えましたが、全国の医療機関と企業から希望者を募って、現在、東京・京都・福岡の3会場で毎月研修会を開催しています。
コロナ禍が病院経営に与えた打撃と課題
「withコロナの時代」があと1~3年は続く
我が国で2020年3月から急拡大した新型コロナの第一波は、政府による4月の緊急事態宣言発令で、人々の活動を半強制的に抑え込むことによってピークアウトしましたが、緊急事態宣言解除後、6月からその第二波が第一波に倍する規模で発生。急拡大した第二波は8月になってピークアウトしましたが、11月になって第二波に更に倍する規模で第三波が発生しました。
このような状況から、「今後我が国では新型コロナのワクチンが開発普及して普通のウィルス化するまであと1~3年は今のコロナ禍が継続する」と見るのが一般的です。従って、今後とも警戒感を持ってこの新型コロナと向き合わなければならない「withコロナの時代」があと1~3年は続くと覚悟せざるを得ません。
緊急事態宣言発令で我が国の病院経営が受けた打撃
次頁の2つの表は日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の病院3団体による2020年度第1、第2四半期の「新型コロナウィルス感染拡大による病院経営状況結果報告」から抜粋したものですが、今回の新型コロナ拡大に伴う4月~5月の緊急事態宣言発令で我が国の病院経営がいかに大きな打撃を受け、またそれがその後どうなっていったかがよく表れています。これから読み取れるのは、
- 今回の新型コロナが病院経営に与えた打撃というのは、実は政府が実施した緊急事態宣言発令によるものであったこと。
- その緊急事態宣言による4月~5月の病院経営の落ち込みは激しく、それが元の水準を回復するのに、5月末の緊急事態宣言明けから9月まで4ヶ月かかっていること。
- そこから試算される「2020年度第1、2四半期トータルの日本の病院の医業利益の喪失金額」は合計1兆4030億円(=今回の調査結果による1病院平均の4月~9月の医業利益の減少額合計×日本全国の病院数=1・69億×8300)の巨額に上ることの3点です。
病院業界だけでこうなのですから、「今回の緊急事態宣言発令で日本経済全体がいかに大きな打撃を被ったか」は想像に難くなく、それゆえ、その後、6月の第2波、11月の第3波と倍々ゲームでその感染者数が拡大していっているにもかかわらず「政府が再度の緊急事態宣言発令に慎重になっている」理由がよく分かります。
しかし、政府が再度の緊急事態宣言をしないでいられるか否かは、感染爆発と医療崩壊を招かないでいられるかどうか次第です。そして万が一、再度の緊急事態宣言が発令されれば、「2020年度上半期に起きたことを、日本経済全体も病院業界もまた繰り返す」ことになります。
「withコロナの時代」とは、ワクチンが開発されて集団免疫が獲得され、医療崩壊の懸念がなくなる「アフターコロナの時代」が到来するまでのあと1~3年は、こうした「常に下振れリスクのある時代が続く」ということなのです。
「withコロナの時代」の病院経営上の課題
今回のコロナ禍に伴う大規模な財政出動で、我が国の財政はますますその破綻の度を深めつつあります。そのため、今財政支出の多くを占めている医療社会保障費の削減は今後待った無しとなり、早晩、実施されていくことになります。
また、今回のコロナ対策に遅れを取った反省から、今後、ウィルス感染症対策は強化され、感染症特別病院・病床やICU等の高度急性期機能病床の整備が進められていきます。
しかし、それ以外の一般急性期病院・病床を取り巻く環境は今回の新型コロナ発生以前と変わりません。少子高齢化の進展で、地域医療構想の中で示された「一般急性期病床の過剰」は地方を中心に今、現実のものとなりつつあります。
そのため、先に述べた医療社会保障費削減の見地からも、感染症病院以外の一般急性期病院には一般急性期病床削減と病床機能転換が求められ、地域医療構想の目標(2025)年度に向けて、今後病院の淘汰が一気に進むことになります。
9月にやっと前年同月実績水準を回復したとは言っても、今回のコロナ禍で4月~8月に病院業界の被った打撃は大きく、今はその回復が急務です。
従いまして、この先1~3年の「withコロナの時代」では、コロナで常に下振れリスクのある中、コロナと向き合い、経営体力の回復を図りながら、来るべき「アフターコロナの時代」に向けて病院淘汰に耐えて生き残っていけるだけの抜本的な改革を行っていくことが病院経営上最大の課題となります。
「アフターコロナの時代」に向けた課題への対応と抜本的な改革
「withコロナの時代」に病院で行うべきこと
「withコロナの時代」において病院が行うべき抜本的な改革とは、先に述べたように、
- 今、多くの病院で行われていない「病院経営の方法論」を、「withコロナの時代」に対応して追加・アレンジしながら実施すること。
- 病院業界の外の世界から見て「病院の常識イコール世間の非常識」になっている今の病院業界を「病院の常識イコール世間の常識」に持って行くこと。
に尽きます。
ただし、これまでと異なり、これからはそれが実践出来た病院は「アフターコロナの時代」でも生き残り、そうでない病院は淘汰されていくことになります。
病院経営の方法論
病院経営には、「こうすれば必ずうまくいく=こうしないとうまくいかない」という「病院経営の方法論」がありますが、それは次頁の通りです。
その主な施策の実施例を以下いくつかご紹介します。
「病院における意思決定・周知徹底の仕組み」を整備する(岡山の自治体病院)
企業と異なり病院、特に公立病院の多くは「経営=マネジメントをやる」という意識が希薄で、そのため必要な「病院としての意思決定・周知徹底の仕組み」が整備されていません。
そこで岡山の自治体病院では、以下を行いました。
- 経営幹部からなる「経営幹部会議」等の一連のプロセスからなる「病院の意思決定・周知徹底の仕組み」を整備する。
- 「病院内でチェック・周知徹底が必要なこと」と「病院として決めなければならないこと」を項目毎に必要なデータ・理由・判断を付した「経営報告書」を毎週1回作成して、そのプロセスに供する。
- 病院のトップ及び各職種及び医局の代表に事前に根回し(=提案・意見収集・調整)する。
- 病院幹部及び全職種の代表が参加する「経営幹部会議」に報告してその了承を得ることでオーソライズ化し、その内容を病院内情報共通サイトに掲載することで周知徹底を図る。
「集患のための営業」を実施する(岡山の自治体病院)
企業にあって病院にないものは「営業」で、多くの病院でその必要性についての認識が欠けています。しかし病院にも「営業」は必要であり、法令を遵守すればそれは可能です。
岡山の自治体病院の経営再建に際しては、その可否は主として「集患」、それも短期間でいかに早く患者を集めることができるか次第だと考え、以下を実施しました。
- 地域連携室の前方連携業務を委託化する。
- 委託会社の4名の集患営業専従要員を配置して他の医療機関への積極的な挨拶回りを行う。
- それが軌道に乗った段階で、各診療科医師が委託会社営業要員に同行して医療機関訪問するようにする。
- 毎月、その集患営業実績(紹介件数・金額)を、二次医療圏別・市町村別・中学校区分別にトレースして前年同月実績と比較・分析・対策検討する体制を構築する。
「病床稼働率向上対策会議」を新設する(岡山の自治体病院)
病院の経営再建・改善には病院収入の7~8割を占めている入院収入の増加が不可欠で、病床稼働率の向上が必要ですが、その病床稼働率の向上には、先述した集患営業と同時に、そうやって集めてきた入院患者の受入体制整備が欠かせません。
病院で患者の入退院を決めるのは医師で、その実施時期を決めるのは病棟師長ですから、
病床稼働率向上には医師と病棟師長の協力が必要で、そのため、岡山の自治体病院では、以下を実施しました。
- 毎週1回早朝に15分間定期的に「病床稼働率向上対策会議」を開催する。
- 病院全幹部臨席の下に全診療科部長と全病棟師長を一堂に集める。
- 最新の病院全体・診療科別・病棟別の病床稼働率データを紙で配布する。
- 衆人環視の中で状況を説明してその協力を求める。
「withコロナの時代」に対応して追加・アレンジすること
次に「withコロナの時代に対応して追加・アレンジすること」は上記の表の通りです。また、その主な施策は次の通りです。
ウィルス暴露時間短縮のための外来・検査等待ち時間の抜本的な短縮を実施する
今の日本で、サービスを受ける側ではなく、サービスをする側の都合と論理でサービスを提供しているのは役所と病院ぐらいなものです。
多くの病院のサービスは依然として世間一般の常識とは乖離していて、それは特に、お詫びの一言もなく、外来・検査・会計で長時間待たされることに象徴的に表れています。
しかし「withコロナの時代」にあっては、2時間も3時間も病院で待たされることはその分だけ患者は感染リスクに、大げさに言えば命の危険にさらされることになります。
そこでこの際、病院は患者の感染リスク軽減のため、外来・検査・会計の待ち時間の抜本的な短縮を図るべきと考えます。
そのためには病院の都合を排して、患者目線での抜本的な運用の変更を行えばよく、それは結果としてその病院が患者から選ばれ、その生き残りに繋がります。
Webオンラインを活用した「集患営業」を実施する
これからの病院の生き残り競争の時代にあっては、病院にとって「集患営業」が不可欠となりますが、感染リスクが懸念される「withコロナの時代」にあっては、従来のような訪問による対面形式での営業活動実施は困難になります。
そこで産業界では既に先行実施されていることですが、今後は病院でも、双方向Webオンラインシステムを使ったテレビ会議形式での
- 医療機関への訪問
- 研修会や症例検討会、情報交換会等の開催
- 診療所との退院時共同指導
などを実施するようにして「集患営業」の実を挙げるように持っていくべきと考えます。
終わりに
「withコロナの時代」は、4月の緊急事態宣言発令で大きなダメージを受けた病院の経営体力回復を図りながら、下振れリスクのある環境下で、かつコロナと向き合いながら、生き延びていかなければならないという、病院にとってかつてない厳しい時代となります。
しかし、それを乗り越えることができた病院は、経営の効率性と顧客サービスの両面で、他産業に見劣りしない病院に生まれ変わることになり、「withコロナの時代」に続く新しい「アフターコロナの時代」での新しい可能性を切り開くことが出来るようになります。他の厄災同様、今回の「withコロナの時代」もやがて過去のものとなる時が来ます。
その時に、今の「withコロナの時代」を振り返って、「あの時代は非常に厳しい時代で大変だったが、その試練に遭遇し、それをクリアできたことが新しい病院に生まれ変わるきっかけになった」と思えるようになりたいし、またそう持っていかなければならないと考えます。本稿がそのための少しでも参考となれば幸いです。
プロフィール
豊岡 宏(とよおか ひろし)氏
東大法学部卒。
大手鉄鋼会社入職後、海外プロジェクト等を経て2001年からその傘下の企業立病院で経営再建に従事。
黒字化に成功して「病院の経営再建は自分の天職」と感じたことから脱サラし、全国の公私5病院の経営改革・再建・改善を請け負って成功。
2019年10月に日本病院経営支援機構を創設し、それを舞台に
(1)次代の病院経営者を育成するための病院経営者(事務長)育成塾 の開設・運営
(2)困っている病院に対する経営コンサル等の活動を行う一方、2020年4月から東京医科歯科大学大学院非常勤講師に就任してその活動を大学院にも広げている。