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柏プロジェクトにおける事務局の役割

柏プロジェクトでは事務局としての行政が重要な役割を果たしている。対談寄稿に続き、発足当時から現在に至るまでの主な変遷とプロジェクトを成功に導くポイントについて、柏市保健福祉部地域医療推進課長の梅澤貴義氏にインタビューした。

まずは事務局の経緯をお聞かせください。

 柏市では、「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」の事業を推進するため、2010年に福祉政策室を設置し4名の職員でスタートしました。事業推進のパートナーとなる東京大学には、東京大学高齢社会総合研究機構が発足し「地域包括ケアシステム」の考え方が確立する中、当市の地域健康福祉計画や介護保険事業計画を策定する際に協力いただいた経緯があります。さらに柏市にキャンパスができたこともあり、当市を研究フィールドにして高齢社会に対応したまちづくりに向けた協働ができないかとお声掛けをいただきました。またUR都市機構は、2004年から豊四季台団地の建替え事業を開始しており、団地の高齢化が進んでいたことから、建替えを期に新たなまちづくりを検討していました。柏市でも将来人口推計で高齢者数が増加する事がわかっていた事から、高齢者施策の検討は喫緊の課題でした。上記の様に三者三様の課題を産学官で解決するため、2010年5月に東京大学、UR都市機構、当市の三者が協定を結び「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」を発足し「長寿社会のまちづくり」に着手しました。

梅澤貴義氏
梅澤貴義氏

 私は2011年8月に同室に参加しました。当時、室長として厚生労働省から出向していたのが野村晋氏です。野村氏は、地域包括ケアシステムの考え方をどのように具現化するのか模索していました。それを具現化するのが柏プロジェクトだったのです。室長の野村氏は31歳の若さでしたが、39歳の私にとって頼もしい上司でした。地域包括ケアシステムを動かすには庁内関係部署との調整が不可欠ですが、職員が所属長として短期間で動かそうとしても、何らかの軋轢が生まれてしまうのです。そうなると職員は強く主張できません。いつ自分が逆の立場になるかわからないからです。目的意識が強い野村氏にそうした遠慮は皆無で、多少の軋轢を吹き飛ばして突き進んでくれたのです。国の情報をいち早く掴んでいただいたのも有難かったです。野村氏のおかげで市行政が在宅医療を推進するマインドの基礎ができたと思っています。

2014年「柏地域医療連携センター」が完成し、福祉政策課の職員は10名となり、その内4名は本庁舎で、6名は柏地域医療連携センターで勤務する事となりました。翌年、柏プロジェクト全体の推進を所管する福祉政策課と、在宅医療を推進する地域医療推進室の役割を明確化するために組織を分けて、2021年度は11名の体制で実務に当たっております。

柏地域医療連携センター
柏地域医療連携センター

柏プロジェクトでの主な業務をお聞かせください。

在宅医療を推進するため、協議会や各種会議、研修会の運営、情報共有システムの管理、啓発活動等を行っています。

在宅医療・介護多職種連携協議会

 医療・福祉の関連団体、職能団体、地縁団体が参加し、年3回開催しています。連携協議会の作業部会として多職種連携・情報共有システム部会、研修部会、啓発・広報部会があり、これら部会の議論をまとめながら、現状を把握し改善を図り、行政施策に反映させていくのが連携協議会の機能です。

 

柏市では、医師会が在宅医療に積極的なことが大きな推進力になっています。ベッドタウンでは高齢者の独居世帯、高齢者のみ世帯の増加が著しく、通院が難しくなる患者が増えることから、「患者の元へ行く医療」が必要になるというのです。在宅医療を担う医師を増やすことにも積極的です。新規の会員が医師会に入会する際には、柏プロジェクトのこれまでの活動や在宅医療について、ご説明いただいていると聞いています。

在宅医療推進のための多職種連携研修会

 かかりつけ医の在宅医療参入の動機づけと、多職種連携を促進するために実施しています。二日間の座学とグループワークによる研修で、修了した各職種はそれぞれの現場で連携の推進役として影響力を発揮いただいています。

顔の見える関係会議

 在宅医療の推進には医療と介護に関係する多職種の連携が必要となります。そうした連携は、日ごろから顔を合わせ、意見交換等を通じて職種を超えてお互いを理解することが大事です。そのため、柏市では、2012年度から、市内の在宅医療・介護に関わる全関係者を一堂に会した「顔の見える関係会議」を開催しています。

 

会議には160~200人程の大人数が参加するので、時には興味が持たれるような仕掛けを考えています。例えば、2014年に「柏地域医療連携センター」がオープンした際には、公募による名称を発表する場に「顔の見える関係会議」を設定しました。窓に掲示した名称を、会議室のカーテンを開けながら発表したところ、参加者から歓声が上がったのを憶えています。

 

議題とファシリテーターの存在は特に重要です。事務局(行政)だけで議題を決めるとうまくいきません。スタート当初に試したのですが、内容が硬すぎると言われてしまいました。そこで今は研修部会で多職種の意見を聞いてテーマを決めることにしています。ただし、その議題ですぐに全体会議を開催するのではありません。「顔の見える関係会議」はグループワークが主体でそれぞれのグループではファシリテーターが重要な役割を果たすため、まずはファシリテーター会議でしっかり内容を詰めた上で本番を迎えています。ファシリテーターは医師とは限りません。在宅医療・介護多職種研修会の修了者や顔の見える関係会議の経験者で、医療・介護連携を熟知している方の中からファシリテーターになっていただいています。

「顔の見える関係会議」は、医療・介護の多職種連携だけではなく、行政内部の連携促進にも効果があります。2015年の病院連絡会議において、救命救急センターの診療部長から、90歳を超える高齢者が心肺蘇生をされながら搬送される実情を目の当たりにして、本人の意向はどのように確認されているのかと問題提起がありました。2016年に「高齢者の救急搬送の現状と課題について」をテーマに開催した際、救急搬送を行っている消防局の職員に初めて会議へ参加していただき、医療、介護の多職種と共に議論していただきました。それ以降、消防局には継続的に「顔の見える関係会議」へ参加いただいておりますし、当課との連携もより強固となったところです。高齢者の意向確認に対する問題提起については、後に、意思決定支援検討ワーキンググループを発足し、議論を重ねた結果、2019年に「人生の最終段階における意思決定支援~支援者のためのガイドライン~」の発行に至っています。

情報共有システム

 医師や訪問看護師、ケアマネージャー等の所属が異なる関係者が情報共有するためのシステムです。システムの構築と運用サポートは東京大学高齢社会総合研究機構と株式会社カナミックネットワークの共同研究で進められました。同社は ICT ソリューションを通じて「地域包括ケアシステム」の実現に向けたクラウドサービスに豊富な実績があり、システムの構築手法は実践的です。

 

当初の1年間は地域を限定して実証運用する多事業所・多職種で構成する産学官チームを編成し、共有する情報と活用事例、システムの機能と運用方法、個人情報保護の在り方などをチーム全員で検証して、利用環境の完成度を高めていきました。その後、市内全域での本格運用に切り替え、現在では、約440事業所で利用されています。当時、このような情報共有システムを利用した大規模な多事業所・多職種による連携は、全国でも事例がなく、従来は電話やFaxによる情報共有が主流であったことから苦労しましたが、医師会をはじめとする関係者の方々によるサポートによってさまざまな問題を克服することができました。今では、柏プロジェクトを支える一助となって、国や全国の自治体から注目されています。

自治体がそうした事務局を担う条件は何でしょうか?

 医師会をはじめとした各職能団体の積極的な参画により、在宅医療・介護多職種連携事業を推進することができています。加えて、柏市が事務局として居を構える「柏地域医療連携センター」があります。同センターは医師会、歯科医師会、薬剤師会により建設され、柏市に寄付をしていただいた建物です。建物内の研修室や会議室を活用して、在宅医療・介護多職種連携の各事業を推進していることから、事業の象徴となっています。

 

こうした環境や建物は、当市にとってまさに幸運の極みですが、それが必ずしも事務局を運営するための条件ではありません。これまで医療施策全般は都道府県の管轄であり、市町村との関わりはありませんでした。しかし、在宅医療に関しては違います。サービスを利用する方はたいていの場合、医療機関への通院が難しい方で、介護保険サービスを併用しています。介護保険の保険者は市町村なので関わることが多くなるわけです。また、在宅医療サービスは、2次医療圏域よりも小さな日常生活圏域の範囲(急変時に駆け付けられる距離)で提供されるため、市町村単位の調整が適しています。

 

この2点から、まずは首長の判断のもと、市町村が事務局機能を担う担当部署を設置する必要があります。事務局機能を担う担当部署を市役所の中に配置し、研修会や会議も市役所の会議室を利用すれば、「柏地域医療連携センター」のような建物が無くても、充分に事務局機能を果たすことができます。在宅医療・介護多職種連携事業は、行政だけでは実施できません。医師会をはじめとした各職能団体の積極的な参画が必須です。その土壌を作るために、これまで多くの議論を重ねてきました。その中で生まれた連携は在宅医療だけでなく、災害医療や救急医療の場面、今回の新型コロナウイルス感染症対策でも生かされています。それも含めて地域の財産となることを行政が理解し、庁内関係部署が連携して動くことが重要と考えます。